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Nippon Steel

https://www.quora.com/Nippon-Steel-contributed-to-the-development-of-South-Korea-In-2010-South-Koreas-President-Park-Chung-hee-awarded-the-Nippon-Steel-Chairperson-Ariga-Medal-It-took-place-in-a-closed-door-where-there-were-no-media-Do

https://www.sigyo.net/tanabe-consul/cat1252/

日韓の架け橋有賀敏彦と有賀光豊、子孫田邉康雄が語る。の記事一覧
日韓歴史問題の生き証人一家が、現在の日韓関係を嘆く。

阿比留瑠比様の韓国に関する投稿にコメントを入れたところ、これをお読みになった方から友達リクエストを頂き、さらに御祖父様が朝鮮総督府でお仕事をされていたと知りました。そこでその方に以下の文面の返信をFBを通じて送信しました。普遍的な内容ですので、私のタイムラインに投稿しました。以下の通りです。
―◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
友達リクエストをありがとうございました。承認を返信させていただきまた。どうぞよろしくお願い申し上げます。

御祖父様が外交官として朝鮮総督府でもお仕事をしておられたと伺いました。では私の一族の朝鮮総督府等における仕事を紹介申し上げます。私の父親田邉多聞は、大東亜戦争敗戦時朝鮮総督府交通本局釜山地方交通局長でした。昭和20年9月に米軍が朝鮮半島38度線以南に進駐した際、朝鮮総督府の阿部総督以下局長以上の役職を米軍人で継承しました。
そして38度線以南に住む100万人の日本人を昭和20年末までに全員日本に送還するプロジェクトを開始しました。朝鮮を早期に独立させる意図がありました。父はその送還プロジェクトリーダーを米軍から拝命しまし、首尾よくやり終えて20年12月20日に日本に帰国しました。御褒美として局長官舎にあった全家財道具を軍のトラック2台で京都の実家まで運んでくれました。そして父親はステッキ一本で恰好よく帰国できました。今私が所持している母の嫁入り道具の桐製桑張り箪笥は、その時持ち帰ってきたものです。
さて総督府を引き継いだ米軍は、1~2年掛けて朝鮮人にポストを順次引き継ぎました。そして米国に亡命していた李承晩を総督にもってきて後に大統領としました。今の韓国は、日本統治時代の組織をそっくりそのまま引継いでスムーズに独立できました。独立に当たって日本が京城帝国大学(現ソウル大学)で育成し、総督府や朝鮮殖産銀行(現韓国産業銀行)で日本人と差別なく働いていた人材が大活躍しました。
因みに、朝鮮殖産銀行においては、給与面と処遇面において日本人と朝鮮人の差をまったく付けなかったので、京城帝国大学卒の朝鮮人最優秀者が続々と入行したそうです。付け加えると、その時の頭取は有賀光豊であり、私の母方祖父に当たります。常々有賀光豊は言っていました。「日本が朝鮮半島の方々に自立できるよう力を付けて上げて、朝鮮半島の方々にお返しすることを目標としている」と。
話もどって戦時中には釜山の軍事設備や埠頭意外は米軍の空襲を受けず、日本が残した社会基盤をそのまま引継いでスムーズに出発した独立大韓民国でしたが、昭和25年に北の朝鮮人民共和国の軍事進攻を釜山まで受けて国土が荒廃しました。その後は低迷していましたが、昭和40年朴正煕大統領の時に日本との国交回復がなり、日本が多額の経済協力金を出し、浦項製鉄所建設技術協力と京釜道路建設をした結果、復興が始まりました。簡単にいうと、朴正煕大統領が日本時代の人脈を活用して日本を支援を引き出し、大発展の基礎を築きいたものです。そして今日があります。

因みに浦項製鉄所建設技術協力プロジェクトリーダーは、有賀敏彦と言い、朴大統領の時代には良好な関係を保っていました。前述の有賀光豊の三男で、私の叔父に当たります。2010年に韓国の東塔産業勲章を受章しました。
以上のような日韓の歴史を知っている私にとって、なぜ今日のような好ましからざる関係になったのか、とても理解できません。因みに有賀光豊は、日韓併合時代の韓国に渡り、私の母親は北朝鮮の(鎮)南浦で生まれました。日韓関係の生き証人のような、私の一族はこのことを嘆いております。

―◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
以上が文面です。

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投稿者: 田辺コンサルタント・グループ 日時:2013年8月19日 16:28 | コメント (0) | トラックバック (0)



ROK Government gave T. Ariga, my uncle, 'East Tower Industry Prize for his contribution to POSCO. -1

韓国政府が有賀敏彦(私の叔父)のポスコ協力に対して東塔産業勲章を授与(1)。

Sankei New Paper reported that President Pak gave the late Mr. Toshihiko Ariga a big prize in December of 2011 for his contribution to the construction of the iron and steel work of POSCO.

昨日(2012年1月16日)の産経新聞の一面、'から(韓)国便り、貿易一兆ドルとキティちゃん'の記事。黒田勝弘(産経ソウル特派員)氏の執筆です。曰く、「貿易立国でやってきた韓国には'貿易の日'というのがある。毎年、大統領出席の下に記念式が行われ、輸出に貢献した企業や個人に勲章が授与される。昨年は「貿易1兆ドル達成」でことのほか盛大に行われたが、その叙勲の中に日本人が含まれていた。元新日本製鉄の故有賀敏彦さんで、夫人が招かれ代わって勲章を受け取った」と。

次のブログに続く

ROK Government gave T. Ariga, my uncle, 'East Tower Industry Prize'for his contribution to POSCO. -1

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投稿者: 田辺コンサルタント・グループ 日時:2012年1月18日 17:11 | コメント (0) | トラックバック (0)



ROK Government gave T. Ariga, my uncle, 'East Tower Industry Prize for his contribution to POSCO. -2

韓国政府が有賀敏彦(私の叔父)のポスコ協力に対して東塔産業勲章を授与(2)。

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Satoko Tanabe, my wife, conveyed the Sankei news to me. She told me that the newspaper reported the fact that the late K. Ariga was given the Prize of ROK from President Pak. Immediately, I gave a telephone call to Mrs. Ariga, my aunt-in-law, wife of K. Ariga. Hearing her explanation I knew the Sankei report was really true. Mrs. Ariga told me that she visited Seoul to receive the price. POSC is said to have kindly arranged everything for the travel.

妻の田辺聡子が産経のニュースを教えてくれました。 彼女は、故K.ArigaがPak大統領から韓国の賞を授与されたという事実を新聞が報じたと私に言った。 さっそく、有賀さんの妻である義理の叔母さん、有賀さんに電話をしました。 彼女の説明を聞いて、私は産経の報告が本当に真実であることを知った。 有賀さんから、賞をもらうためにソウルに行ったそうです。 POSCは旅行のためにすべてを親切に手配したと言われています。

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投稿者: 田辺コンサルタント・グループ 日時:2012年1月19日 11:18 | コメント (0) | トラックバック (0)



ROK Government gave T. Ariga, my uncle, 'East Tower Industry Prize for his contribution to POSCO. -3
韓国政府が有賀敏彦(私の叔父)のポスコ協力に対して東塔産業勲章を授与(3)。

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T. Ariga was given a prize of ROK when project I of the whole POSCO was completed. President Pak, who was assassinated, directly gave Ariga the prize. On this occasion, the president told, "I remember Mr. Mitsutoyo Ariga, your father, very much". And added, "Thank you very much for your sincere corporation. I remember Mr. Mitsutoyo Ariga, your father, very much"." I heard this fact directly from T Ariga.
有賀敏彦は、ポスコの一期計画が完成した時点で、(暗殺された)朴正煕大統領から勲章を受領しました。その際、朴正煕大統領から直々に(日本人よりも見事な日本語で)お言葉をたまわったそうです。曰く、「韓国のために尽くしていただき、ありがとうございました。有賀光豊さんのことは、よく存知上げております」と。

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ROK Government gave T. Ariga, my uncle, 'East Tower Industry Prize for his contribution to POSCO. -4
韓国政府が有賀敏彦(私の叔父)のポスコ協力に対して東塔産業勲章を授与(4 )。

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Mitutoyo Ariga, who was given the Industry Prize of ROK, was the president of Industrial Bank of Korea. He passed the examination of 'Higher Civil l Service Bar Examination', and got engaged in the Finance Ministry of Japan. He voluntarily went to Korea and joined in Japanese Government in Korea.

韓国朴正煕大統領が言われた有賀光豊とは、日本内地朝鮮半島韓併合時代に朝鮮半島に設立された朝鮮殖産銀行の頭取、有賀光豊のことです。1898(明治31)年、高等文官試験行政科にc合格して大蔵省に入省し日朝併合以前の朝鮮に渡り、朝鮮総督府参事官(高等官2等)財務局に勤務していました。

In 1920, M. Ariga retired from the Japanese Government in Korea, and joined in Korea Shokusan Bank, presently of Korea Industry Bank, and soon he became president of the bank. Mr. M. Ariga did not segregate any Korean employees from Japanese. Such being the case, many excellent Koreans entered the bank, which became a big 'treasure house' of excellent Korean. After Korea got independence from Japan, caused by the end of World War II, those excellent Korean were the core personnel for Korea to lead the ROK to become a good independent country It is said that, for the Reconstruction Committee of Korea, 12 members out of 20 were the people who had worked for the Korea Shokusan Bank.

その時新設された鮮殖産銀行に理事として出向し、1920(大正9)年に頭取になって朝鮮半島の発展に尽くしました。銀行内では朝鮮人を日本人と差別することなく人事面でも処遇しました。これを聞いた多くの半島j人(当時の呼称)の京城帝国大学卒業生は、競って殖産銀銀行へ入行しました。朝鮮半島の優秀な人材の宝庫になったのです。戦後の国家再建委員会の20名の委員の内、実に12名が殖産銀行出身者で占められていたそうです。
I
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投稿者: 田辺コンサルタント・グループ 日時:2012年1月21日 10:41 | コメント (0) | トラックバック (0)



ROK Government gave T. Ariga, my uncle, 'East Tower Industry Prize for his contribution to POSCO. -5
韓国政府が有賀敏彦(私の叔父)のポスコ協力に対して東塔産業勲章を授与(5)。

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According to T. Ariga, the prize winner, Mitsutoyo Ariga repeatedly said, "We Japanese should give Korea Peninsula back to Korean People after we polished and finished Korean Peninsula to come to be an excellent country". My mother, the first daughter of M. Ariga, conveyed what M. Ariga always had said to me. That is; "Don't call Koreans with the word, Yobo", and added, "Don't segregate Koreans from Japanese".

有賀敏彦は言いました。父有賀光豊は、「朝鮮は、我々がお手伝いして立派な国に育て上げ、その上で本来の持ち主に返すべきだ」と考えていたことは、ほぼ間違いのない事と思う」と。私の母田邉美佐子は、有賀光豊の長女です。美佐子も有賀光豊が次のように言っていたと私に繰り返し教えてくれました。「朝鮮人に対してヨボ(日本語でオイ)と言っては行けない。朝鮮人と日本人を差別してはいけない」と。

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投稿者: 田辺コンサルタント・グループ 日時:2012年1月22日 15:39 | コメント (0) | トラックバック (0)



ROK Government gave T. Ariga, my uncle, 'East Tower Industry Prize for his contribution to POSCO. 6
韓国政府が有賀敏彦(私の叔父)のポスコ協力に対して東塔産業勲章を授与(6)。

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T. Ariga is said to have sincerely taught Koreans iron- & steel-manufacturing technology. He was so sincere that some of his Japanese collaborators were said to claim, saying, "Mr. T. Ariga must be a Korean."

有賀俊彦は精神誠意、製鉄技術を韓国側に教えたそうです。ところがあまりにも'親切'に教えるので日本側の一部の人から批判が出たそうです。曰く、「有賀敏彦は韓国人ではないか?」と。

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投稿者: 田辺コンサルタント・グループ 日時:2012年1月23日 11:02 | コメント (0) | トラックバック (0)



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韓国政府が有賀敏彦(私の叔父)のポスコ協力に対して東塔産業勲章を授与(6)。

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Confronting the suspicion that Mr. T. Ariga might be a Korean, T. Ariga presented a book. The book disclosed the fact that T. Ariga was the fourth son of M. Ariga. Incidentally, the name of the book was 'The memory of M. Ariga and what he did in Korea Peninsula'. The Japanese co-workers got satisfied reading this book.

「朝鮮人ではないか」との批判に対して有賀敏彦は、父親有賀光豊との関係が記載されている本を開示して日本人であることを証明したそうです。その本とは'有賀さんの事跡と思い出'です。光豊が日本の朝鮮時半島統治代に朝鮮人の身になって朝鮮半島の発展に尽くしたことを説明した本です。

There was another surprising effect. Korean co-workers also came to know the relationship between the two persons. The Koreans remembered Mitsutoyo Ariga very well as President Park Chung-hee did. Having known the fact, the Koreans got more friendly feelings toward T. Ariga than before. And the enhanced good feelings accelerated the project more and bring good success to POSCO. T. Ariga thanked M. Ariga, his father, very much.

この本によって日本側が納得したと同時に、韓国側に有賀敏彦が有賀光豊の四男であることが知れ渡りました。彼らは朴正熙大統領がそうであったと同様、光豊のことをよく憶えていたのです。このことによって韓国側の敏彦に対する親密感がさらに高まり、そのことがポスコの大成功に結びついたそうです。朝鮮半島と朝鮮人を愛した有賀光豊の遺徳でした。

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投稿者: 田辺コンサルタント・グループ 日時:2012年1月24日 12:30 | コメント (0) | トラックバック (0)



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韓国政府が有賀敏彦(私の叔父)のポスコ協力に対して東塔産業勲章を授与(8)。

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When he had successfully completed the Japanese Project of assisting Korean POSCO-I, T. Ariga got free from the responsibility of the leader thereof together with all the Japanese ca. 40 members. After returning to Japan, he was often privately invited by POSCO friends. He was highly welcomed every time when he visited South Korea.
有賀俊彦は、ポスコ一期工事が完成した時点で役目を成功裏に終えてプロジェクトリーダーの任を解かれました。同行していた約40名の日本側の技術者も同様でした。その後、ポスコに招待されて韓国をたびたび訪問し、その度に大歓迎されていたと聞きました。

However, when No-Muhyon became South Korean President, the friendly atmosphere was completely changed. Many Koreans claimed that POSCO had been completed only by Koreans --- no Japanese had been involved. Therefore, T. Ariga was isolated from the friends of POSCO. He was very sad when he died at the age of 89 in 2007. I am also very sad about the fact that he died before he knew he was given the East Tower Industry Prize of ROK.

しかし盧泰愚大統領の時期に風向きが一変しました。ポスコは、韓国人だけの手で完成したということになり、日本から技術導入したという話は封印されました。ですから、親しかったポスコ幹部との交流は途絶えました。有賀敏彦はそのことを悲しみながら寂しく死の床につきました。2007年9月1日、享年89歳でした。今回の朴明博による東塔産業勲章の受章まで生きていなかったことを、私は残念に思い、悲しんでいます。

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投稿者: 田辺コンサルタント・グループ 日時:2012年1月25日 17:08 | コメント (0) | トラックバック (0)



ROK Government gave T. Ariga, my uncle, 'East Tower Industry Prize for his contribution to POSCO. -9
韓国政府が有賀敏彦(私の叔父)のポスコ協力に対して東塔産業勲章を授与(9)。

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I already disclosed that T Ariga was given a complaint by collaborating Japanese, saying, "Mr. T. Ariga gives too much amount of information to Koreans". I am very sad to hear that he should be to blame in this way. It was quite natural that he sincerely taught Koreans concerning how to commercially manufacture iron & steel. I would hear T. Ariga's opinion as follows. In ancient age of Japan, we learnt manufacturing process of iron & steel from the people of Korean Peninsula. Therefore, it is quite natural that we give it back to the people of Korea.
当時のプロジェクトにおいて、一部の日本人から「有賀敏彦は教え過ぎだ」という非難を浴びたことはすでに述べました。私はこのことを悲しみます。韓国ポスコに対して有賀敏彦が製鉄技術を真摯に教えたことは当然です。私は生前の敏彦から以下のように聞いていました。即ち、古代のわが国は朝鮮半島から製鉄技術を教えてもらったと。そしてそれをお返しすることは当然だと。

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投稿者: 田辺コンサルタント・グループ 日時:2012年1月26日 08:45 | コメント (0) | トラックバック (0)



ROK Government gave T. Ariga, my uncle, 'East Tower Industry Prize for his contribution to POSCO. -10
韓国政府が有賀敏彦(私の叔父)のポスコ協力に対して東塔産業勲章を授与(10)。

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Japan has brushed up on the technology of manufacturing iron & steel which Japan learned from the people of the Korean Peninsula for the sake of making Japanese sharp and beautiful swards. Further more, after Meiji Restoration, we developed a good process for manufacturing large amount of high quality iron & steel, which we needed to build battle ship, cruisers, destroyers, submarines, aircraft carriers in order to compete with U.S.A, and U.K. and so forth. I am very happy that we could have assisted Koreans with historical technology.

日本は朝鮮半島から習った製鉄技術を、日本刀の製造のために製鉄技術を進化させました。さらに明治時代になって日本は欧米列強に対抗する必要性から富国強兵の道を歩みました。そのため米英に対抗できる大艦隊を必要としました。その過程で戦艦大和など戦艦、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、航空母艦の建造に大量の良質鉄鋼を必要としました。このニーズに呼応する過程で製鉄技術水準を向上させました。この高水準技術を韓国などの発展途上の国に提供できたことは、日本にとって大きな喜びです。これが私の感想です。

This is the end of the blog of this series. 
これでこのシリーズのブログを終わります。

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投稿者: 田辺コンサルタント・グループ 日時:2012年1月29日 11:15 | コメント (0) | トラックバック (0)

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